料理をつくるときに「適量」と言われても分からないと思ってきたので、主人公が適量が分からないと言うのを興味深く読んだ。体験せずに回避してしまうと安全だけれど生きづらさが増すという、人生でも心理療法でもよく出会う状況のことを連想した。
主人公である雑誌記者が、相手のことを理解するために、相手の話に耳を傾け、相手の体験したことを体験しようとする姿勢も、心理療法と共通すると思った。その結果、一緒に地獄に降りて聞き、戻って来れたとしてもこの世も地獄であることに変わりはないのだが、私たちは適量を少し理解できるようになっている。
主人公がカジマナに飲みこまれないために周りの人に支えられることの大事さも感じた。その周りの人との関係も「私」の今までの生き方によってつくられてきたものであるのだが。
